写真で綴るすぎさんのブログ

写真が好きで余暇を旅・野鳥・祭り・家庭菜園・散策を楽しんでいます。HP「四季旅遊の館」

嵐山嵯峨野 化野念仏寺~愛宕念仏寺~二尊院~祇王寺~清涼寺の紅葉

嵐山嵯峨野 化野念仏寺~愛宕念仏寺~二尊院~祇王寺~清涼寺の紅葉~行く前 テレビで映し出され人混みが凄かったのですが、中国からの観光も少なくなった? 早い時間で避けられ紅葉もちょうど見頃でした。



祇王寺までは何回も見に来た事がありました。祇王寺から奥まった所にあって藁葺き小屋があって情緒のある所でした・・・

化野念仏寺は化野の地にお寺が建立されたのは、約千百年前、弘法大師が、五智山如来寺を開創され、その後、法然上人の常念仏道場となり、現在、華西山東漸院念仏寺と称し浄土宗に属する。「あだしの」は「化野」と記す。「あだし」とははかない、むなしいとの意で、又「化」の字は「生」が化して「死」となり、この世に再び生まれ化る事や、極楽浄土に往来する願いなどを意図している。古来より葬送の地で、初めは風葬であったが、後世土葬となり人々が石仏を奉り、永遠の別離を悲しんだ所である。境内に奉る多くの石仏・石塔は往古あだしの一帯に葬られた人々のお墓です。

化野念仏寺から緩やかな坂を登って約600メートルですが、ほとんど~ここまで来る人は少なくあまり知られていない感じでした。

愛宕念仏寺は天台宗。稱徳天皇開基(生年718年~没年770年)。もとは東山の地に奈良時代に建てられた古刹。平安初期に鴨川の洪水で堂宇が流失。天台の僧「千観内供」が再興し,等覚山愛宕院と号し、比叡山の末寺となる。本堂は鎌倉中期の建立で重文。戦時中に無住寺となり、昭和25年の台風災害により境内・堂宇・仏像等が多大な被害を受けたことで廃寺となり、 昭和30年に仏像彫刻家西村公朝が住職を拝命してより再興され、京都一の荒れ寺の復興が始まり、昭和55年より山門の 解体復元修理をはじめ、境内全域の本格的な復興事業が行われた。この復興祈願に賛同した参拝者の人々の手によって 彫られた、千二百鉢の石造の羅漢さんが表情豊かに並び、訪れる人々の心を和ませてくれる「癒しの寺」として親しまれている。

愛宕念仏寺は、仁王門~羅漢洞~釈迦誕生仏~三宝の鐘~千二百羅漢並~本堂~ふれ愛観音堂~地蔵堂~多宝塔~虚空蔵菩薩と石仏とか調和されたお寺でした。

二尊院・・・嵯峨野の二尊院門前にある天台宗の寺院。小倉山二尊教院華台寺という。二尊院の名は、本尊の「発遣の釈迦」と「来迎の阿弥陀」の二如来像に由来。 総門を入った「紅葉の馬場」と呼ばれる参道は紅葉の名所として知られる。

参道両端から色づいた紅葉がせり出すように枝を伸ばす様子は迫力満点です。真っ赤な紅葉に包まれる本堂、石段や築地塀、そして晩秋の散り紅葉と、名所にふさわしい美景がいっぱいです。

祇王寺・・・往生院 祇王寺と号する真言宗の寺、平安時代に、法然上人の弟子、念仏房良鎮(りょうちん)が往生院を開創し、後に祇王寺と呼ばれるようになったと伝えられています。平家物語によれば、祇王は、平清盛に仕えた白拍子であったが、仏御前の出現により清盛の心が離れてしまったので、母刀自(とじ)、妹祇女と共に出家し、当地に移り住んだ。後には、仏御前も加わり、念仏三昧の余生を送ったと伝えられている。現在の本堂は、明治28年(1895)に再建 祇王寺は楓と竹林に囲まれ緑の苔に覆われた苔の庭に真っ赤なじゅうたんを織り成すように赤い紅葉が降り積もる光景が素晴らしいです。

清涼寺・・・京都府京都市右京区嵯峨にある浄土宗の寺院。山号を五台山と称し嵯峨釈迦堂の名で知られ、中世以来「融通念仏の道場」としても知られている。宗派は初め華厳宗、後に浄土宗となる。本尊は釈迦如来、開基は奝然、開山はその弟子の盛算である。秋は紅葉の名所。本堂裏から阿弥陀堂周辺にかけての鮮やかな紅葉、色とりどりの紅葉、風情ある紅葉でした。